【体験談】うつになって休職した話

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こんにちは。もぴぷねです。うつで休職して早くも半年が過ぎてしまいました。

まだ、完治には時間が掛かりそうなのですが、少しずつ活動できる日も増えてきたので、体験談を書いておきたいと思います。

【体験談】うつになって休職した話

うつになったきっかけ

単刀直入に言うと、仕事が忙しすぎたからです。

2020年9月の人事で、私の部署からベテラン2名が異動となってしまいました。

結果、その2名が担当していた業務を私が引き継ぐことになり、単純に業務量が倍化。(一応、補充人員として1名が迎え入れられたものの、新人社員だったため「メールの送信方法」から教えなければならずさらに業務量が増える形になってしまいました)

 

 

 

 

業務内容も現場対応・システム開発企画・社内ルール整備・業界団体対応・経営陣への報告と多岐にわたり、他の部署の方からは「どんな案件でも、もぴぷねさんの名前を見るんですけど・・」と言われる始末。

そんなこんなで、毎日23~24時帰宅は当たり前。コロナ禍にも関わらず出張もあり、休日出勤も行って何とか業務が回る状況でした。

一応、上司に業務負担を減らすように相談したものの、担い手がいないため願いは聞き入れられませんでした。

糸が切れた

それでも何とか踏ん張って、年末を迎えることができました。大掃除も済ませて、元旦に妻の実家に帰省。

そこまでは至って元気。三が日は久々にゆっくりできると思って、うきうきしてました。

 

が、今でもはっきり覚えています。

妻の実家から家に帰る途中、自分の中でなにかがプツンと切れました。

急に体が重くなり、胸が苦しく呼吸するのもやっとの状態。電車の座席でうずくまってしまいました。

すぐにでも電車を降りたかったのですが、自宅の最寄り駅まであと10分ほどだったこともあり、何とか耐えて帰宅。

家に帰ってもいてもたっておられず、すぐに布団に倒れこみました。それから三が日は寝込みっぱなし。食事をするのもやっとの状態でした。

とどめになった1か月

今思えば、年始早々に休んでおけば・・と思っています。

しかし、2021年1月は経営陣への報告事項や、全社を跨いだ研修等、重大な仕事が予定されていたため「休む」という選択肢はありませんでした。

妻の制止を振り切り、体調は絶不調ながらも出社。

何とか仕事をこなして2週間が経ったころ、今度は強烈な頭痛に襲われるようになりました。過去に経験したことがないほどの痛みで「寝ている間も頭痛で苦しむ」ような状態。バファリンもほとんど効きませんでした。

さすがに耐えかねて、1月後半からは1~2日休み→2~3日出社ということを2週間ほど続けました。

うつ状態と診断

仕事のペースを落としても一向に良くなる気配がないため、1月末に心療内科を受診しました。

診断は「うつ状態」。

薬を処方していただき、さらに1週間ほど仕事を続けましたが、パフォーマンスは全く上がらず。

業務にもまったく集中できず、このまま仕事を継続しても迷惑がかかるだけだと判断し、休職することを決意しました。

休職から1か月目

とにかく頭痛がひどく、寝ている時間が多かったです。ただし「寝ている時間」も頭痛によって睡眠が妨げられて寝付くことができず、寝込んでいた、という表現の方が近いです。

食事は重いものを食べることができず、うどんや蕎麦などの軽くたべれるものばかり食べていました。

起きていてもとにかく辛く、少しでも気晴らしをしたいと思い、死んだ魚の目をしてゲームをしていました。

ちょっとストレスが掛かると頭が痛くなってしまうため、なるべくライトなゲームをするようにしていました。

中でも「どうぶつの森」はテンポも音楽もゆるい感じで、本当に助けられていたのを今でも覚えています。

休職から2~3ヶ月目

頭痛で苦しむ日がやや少なくなりました。

担当医からは薬の処方の他に

  • 生活リズムを整えること
  • 散歩をすること

を勧められ、なるべく日中は散歩をすることを心掛けました。うつには散歩は良いようです。

が、体調が最悪の日は家から5~10分ほど歩いただけでもしんどくなってしまい、途中で帰って寝込むことも多々ありました。絶不調の時は、歩きなれた道も永遠に続くかのような距離に感じます。

やっかいなのが「動いてみないと体調が分からない」ということで、「ちょっとしんどいな」…と感じていても散歩するとすっきりする日もあれば、逆に体調が悪化してしまうこともありました。

休職する前までは週2~3回程度はランニングをしていたので、ほんの短い距離で体が動かなくなるのはショックでした。

しかし、とにかく無理をしないで、自分を責めないことを心がけました。

なかなか難しい「自分に合う薬」

「うつ状態」と診断されてから3ヶ月目くらいまでは、薬効や副作用の様子を見ながら1~2週間毎に副薬量や種類を変えていました(担当医の処方のもと、です。念のため)

薬は人によって合う・合わないがあるようで、私の場合は自分に合う薬を見つけるのに時間が掛かってしまいました。

薬の中には「過剰覚醒で丸2日眠れない」というものがあったり、逆に副作用の眠気が強すぎて「12時間以上眠ってしまった」等、かなり苦労した記憶があります。

ただ、一つ感じることは、指示された量をちゃんと飲むことが大事だと感じます。

「効果が出ないから」と勝手に自分の判断で薬を飲まなかったりすると、担当医も正しい判断ができないためです。

渦中にいると本当にしんどいのですが、効果が出なくても「自分には合わなかったことが分かった」くらいの気持ちでいると、少しだけ楽に過ごせました。

休職から4~6か月目

体調が悪い日が週2ほどに落ち着き、活動できる時間が増えてきました。

体調の良い日は電車で少し遠出をしたり、友人と会ったりすることもできるように。

ただし、絶不調の時は丸一日寝込んでしまうような日もあるので、油断は禁物。

体調の良い日は仕事ができる感じもするのですが、中途半端な状態で復職すると再発のリスクも高いとのことなので、もう少し様子を見るようになっています。

大切な医師とのコミュニケーション

体調が不調の時は、担当医に自分の状態を説明するのも難しく「自分だったら、何言われているのか分からないだろうなぁ」と思ったことがよくあります。

なので、せめて指示された薬はちきんと飲めた・飲めなかった、体調が良かった日は〇日・悪かった日は△日という定量的な情報は記録を取って伝えるようにしています。(体調が悪い時は記録するのも難しいので、あくまでもできる範囲で)

本当に不調な時は適切な情報を伝えることが難しいので、ぶれ幅の少ない「定量的な情報」を伝えることが、担当医とコミュニケーションを取る上で重要なのだと感じています。

お金について

ケガや病気で仕事を休むと健康保険組合から「傷病手当金」が支給されます。金額はざっくりですが、月額給与の2/3です(健保組合によっては独自の付加給付があるところもあります)

ただし、すぐに支給されるという訳ではなく、健保組合に申請→審査→承認というプロセスを経て初めて傷病手当金が支給されます。

私が初回給付を受けたのは、診断確定してから3ヶ月経った頃でした。

一般的に、最低でも貯金は3ヶ月分の生活費(家賃含む)、と言われますがあながち間違いでありません。

うつになって良かったこと

うつになると何かと辛いことが多いのですが、良かったと感じることもあります。

第一は家族との時間が取れるようになったことです。

休職前は妻が起きる前に会社に行って、就寝後に帰宅する・・という生活だったので、(看病してもらっている時間が圧倒的に多かったという点はありますが)家族とコミュニケーションを取る時間が確実に増えました。

 

第二は、人生の優先度を考え直すことになったこと。

社会人になって以降、仕事にウエイトを置きすぎていたのだと思います。うつによって強制的にストップがかかることによって、ゆっくりと振り返ることができました。

また、先延ばしになっていた不妊治療にも向き合うことができた点も大きいです。

男性視点の不妊治療体験記その①~「きっかけ」から「病院選び」~

男性視点の不妊治療体験記その②~「治療開始」から「妊娠発覚」まで~

私自身、完治にはもう少し時間がかかりそうなのですが、30代でこれだけ自分や家族の時間が取れることはそうそう無いことだと思っています。ある種のギフトだと捉えて、焦らずに治していくつもりです。

私の体験が誰かの役に立てば幸いです。

 

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